本日もケンズ鉄道にご乗車いただき
ありがとうございます。
先日のこと、納戸で探し物をしていた
とき、ふと棚の奥の方にある平たい箱
が目に留まりました。
見覚えはあるものの中味が思い出せ
なかったので開けてみました。
「なんかええもん入ってた? (^_^)」
残念でしたー、ただの切手でした (^^
開けてすぐ思い出しましたが、それは
1990年代の在米時にたまったたく
さんのアメリカ製切手でした。
ざっと種類や絵柄を確認していると
こんなものが出てきました。

「ん? イギリスのロケット号とか?」
実はこれ、自分で購入した記憶がな
いんだよ /(^^;
もしかするとどなたかにいただいたもの
かもしれないね (^^
有名なイギリスのロバート・スチーブン
ソンが作ったロケット号に風合いは似
ていますが、そうではありません。
5種の各切手には、蒸気機関車の
名前と年代が書かれていますが、これ
らはアメリカでの蒸気機関車のはじま
りに大きく貢献した価値ある5機種
なのです。
「ほな、ひとつずつおしえてーな (^^ 」
よしっ、じゃー200年ほど時代をさか
のぼろう! \(^o^)/
1.スタウアブリッジ・ライオン(1829年)
(Stourbridge Lion)

サイドロッドで結合された4輪を駆動する0-4-0型。 すでにテンダーを引いている。
これは、1829年にはじめてアメリカで
動かされたとされる歴史的な蒸気機
関車です。
ただ、製造はまだイギリスで、フォスター・
ラストリック&カンパニーがスタウアブリ
ッジ(地名)で製造したそうです。
機関車の正面にライオンの顔が描かれ
ていたので「ライオン」の名もつきました。
購入して輸入したのは、後にデラウエア
&ハドソン鉄道となるデラウエア&ハド
ソン・カナル・カンパニーでした。
「時代はロケット号とおんなじころ?」
そう、イギリスでロケット号がお披露目さ
れたのがちょうど1829年で、1930年
にはリバプール&マンチェスター鉄道の
開通とともに乗客を乗せて営業運転
されていたんだよ。
一方のスタウアブリッジ・ライオンは、
いったん運転はされたものの、当時の
アメリカのまだ貧相な線路では重量
がありすぎて耐えられないとしてお蔵
入りになったそうだよ。
まだ、イギリスの方がずっと進んでいた
んだね。
ちなみに、イギリスではじめて貨物車を
牽引した蒸気機関車は、発明家であ
り鉱山技師でもあったリチャード・トレヴ
ィシック氏が作ったもので、1804年だっ
たそうです。
もちろん、これが世界初です。
でもアメリカも負けていません。
2.ベストフレンド・オブ・チャールストン
(1830年)
(Best Friend of Charleston)

するアメリカ製0-4-0型。
「んー、ちょっと原始的・・・? (^^; 」
でもこれが、アメリカではじめて営業運
転されたとされるアメリカ製蒸気機関
車なんだよ。
ニューヨークのウェスト・ポイント・ファウ
ンドリー社で製造され、購入したサウス
カロライナ&レールロード・カンパニーの
地元チャールストン(地名)に解体状
態で船で運ばれました。
名前のベストフレンド・オブ・チャール
ストンにはこの地名が入っていますが、
非公式の名称です。
営業運転こそされませんでしたが、
一般にアメリカで最初に製造された
とされる蒸気機関車は、同じ1830
年にピーター・クーパー氏が設計、
製造した「トム・サム(Tom Thumb)」
と言われています。

彼は、B&O鉄道に蒸気機関車の
高い将来性を説明するためにこれを
作ったそうです。
「うーん、やっぱりまだ原始的やー (^^; 」
ふふふ (^^
3.ジョン・ブル(1831年)
(John Bull)

0-4-0型であったが、後に脱線防止のため前駆動2輪を殺して先輪が追加され4-2
-0型となる。 カウキャッチャーとライトなどの安全装備もC&A鉄道運行後に追加された。
「ちょっとかっこええかなー、
やっぱりイギリス製か・・・ (^^ 」
これは、カムデン&アンボイ(C&A)
鉄道が購入して、1831年にイギリ
スから輸入した「スティーブン1号」
だよ。
「スティーブン」は当時のC&A社の
社長名で、この1号は1833年から
30年以上も運行された実績があり
ます。
1981年、引退後保存されていた
機体をスミソニアン協会が150周年
記念として動態化し走行させ、世界
で最も古い動く蒸気機関車となりま
した。
「ジョン・ブルは・・・?」
正式名称は「スティーブン1号」なんだ
けど、運行現場では「オールド・ジョン・
ブル」という通称で呼ばれていて、後に
正式名称は忘れられ、「ジョン・ブル」
の方が残ったんだって。
※「ジョン・ブル」は古くから典型的イギ
リス人を表す漫画キャラクターの名前。
4.ブラザー・ジョナサン(1832年)
(Brother Jonathan)

1832年、ウェスト・ポイント・ファウン
ドリー社が製造した「ブラザー・ジョナサ
ン」には、初めてリーディングトラックが
装備されました。
当時、イギリス製4-2-0型のリーデ
ィングトラックはボディフレームに固定さ
れた「リジッド」タイプでしたが、「ジョナ
サン」は旋回式で、0-4-0型で多
発していた曲線路での脱線頻度を劇
的に改善したとされています。
「アメリカ製もちょっと
進化した感じやね (^^ 」
この後、曲線路での安定性が認めら
れた4-2-0型が一般化するんだ
けどね、やはり牽引力に勝る4輪駆
動への要望が高まるんだ。
5.ガーワン&マークス(1839年)
(Gowan&Marx)

けて斜めに設置され、水平ボイラーと垂直ドーム型燃焼室、4輪テンダーを備えていた。
「アメリカ製も
きかん車らしなってきたー (^^ 」
まだ、燃焼室に時代を感じるけ
どね (^^
これは、フィラデルフィア&レディング鉄
道が購入した画期的サスペンション
付4-4-0型です。
リーディングトラックの付与以後、
未だ状態の悪い凸凹線路での脱線
が当時の課題となっていました。
イーストウィック&ハリソン社は、駆動
4輪に「イコライジングレバー」を活用
したサスペンション機構を導入し、線
路からの衝撃吸収を可能にすることで
脱線頻度を大きく改善しました。
このサスペンション機構を持つ4-4
-0型は、1840年代から標準形とも
なる「アメリカン」タイプの原型となりま
した。
こうしてアメリカの蒸気機関車の初期
の歴史をみてみると、特にこの1930
年代、人々の新しい乗り物に対する
熱い情熱が、課題克服への知恵の
結晶となり蒸気機関車を次々に進化
させていったことがよくわかりますね。
「イギリスにまけたない
気持ちもあったんやろね。 」
うんうん、そんな気概も感じるよね。
もちろん、その裏には鉄道事業という
新しいビジネスと、そこに期待できる富
と権力への執念もあったことでしょう。
ここから着実に発展した鉄道という人
と物の輸送手段は、もはや最先端の
産業ではなくなった現代でも、世界中
で社会を支え続けています。
今日は、そんな鉄道と蒸気機関車の
アメリカでの源流を切手から訪ねてみ
ました。
「なかなかたのしい旅やったねー (^^ 」
そう言ってもらえると調べて書いた甲斐
があります (^_^)
それではみなさま、
また次回までさようなら (^0^)/