時代を先行し過ぎたF-Mエンジン!?

昨年から私が気になっている=欲しい!(^o^;)

ディーセル機関車に「エリー・ビルト(Erie Built)」が

あります。

このディーゼルは今は若干伝説気味に語られる

メーカーによって製造されました。 その名は

「フェアバンクス・モース(Fairbanks Morse)」です。

実は最近まで、自分はこの「モース」を英語の綴りと

「モーゼの十戒」の影響で、「モーゼ」と読んで

いました(-_-;) 調べてみると十戒のモーゼは

「Moses」でした。 皆さんご存知のモールス信号

の発明者はアメリカ人の同じ綴り名で、もちろん

読みはモースさんなのですが、綴りの中の

「r」を読んでしまいがちな当時、日本では

「モールス」と呼んだのかもしれません。

 

さて、このフェアバンクス・モース(通常F-M)、

現在も超一流のエンジンメーカーとして活躍して

おり、発電所やアメリカ海軍の軍艦用に優秀な

大型エンジンを供給しています。

同社はそもそもが1830年頃から活動しはじめた

エンジンメーカーで、1930年の半ばにその後の

隆盛の柱となる「対向ピストンエンジン(Opposed

Piston Engine(OP))」で事業が拡大しました。

このエンジンは現在の自動車に使用されている

「水平対向型エンジン」のことではなく、シリンダーヘッドが

存在しない、二つのピストンの上死点サイドが内側で

向き合っているエンジンのことです。 このエンジンの

事業が好感触だったため、F-Mは鉄道の

ディーゼル機関車市場へと1940年代に参入

しました。 もちろん当時は既にEMDやAlcoが

EユニットやPA、FAを製造していたので、

この市場へは一番後からの参入だったわけですが、

他社にない革新的OPエンジンを武器として

地位を築いていくのですが…..。

 

同社が1940年代以降に製造したモデルは、

フード型ディーゼル(現在主流の側面通路がるタイプ)

7種、キャブ型ディーゼル(EMD-E,Fユニットタイプ)

7種です。

フード(Hood)型ディーゼル:

H10-44 1944-1950年(195両)

H12-44 1947-1949(336)

H15-44 1947-1949(35)

H16-44 1950-1963(296)

H20-44 1947-1954(96)

H16-66(Baby Train Master) 1951-1958(59)

H24-66(Train Master) 1953-1957(127)

型番頭の「H」はフード(Hood)型のHです。

続く「10、12、15,16,20,24」の数字は

エンジン出力(hp馬力)の上二桁。 「10」は

1000馬力、「24」は2400馬力です。

ハイフン後の最初の数字は、一両当たりの

軸の数で、最後の数字は駆動軸数

(トラクションモーター数)です。

つまり44は2軸台車X2で、「トレインマスター」

のみ66で3軸台車X2だったわけです。

実はこれらの機関車の多くは自社工場では

なく、GE(ジェネラルエレクトリック)のErie

(エリー:ペンシルバニア州エリー湖の南岸

にある町)プラントで製造されたため、

単に「Erie」ラインと呼ばれたりします。

これらのフード型ディーゼルが好調であった

一方で、キャブ型は不振でした。

 

キャブ型ディーゼル:

Erie-Built(エリービルト)は1945年に2000馬力の

旅客用として投入されました。 著しく有名なのが

ミルウォーキー鉄道の看板特急「Olympian Hiawatha」

(オリンピアン・ハイアサ)の牽引機です。

Milwaukee Road, Olympian Hiawatha. Erie-Built&Observation Car.

Milwaukee Road, Olympian Hiawatha.
Erie-Built&Observation Car.

シカゴから太平洋岸北西部(シアトルなど)へと

運行されていました。

前述のフード型「エリー」ラインとは全く別名として

「Erie-Built(エリービルト)」はその名を轟かせます。

(Built: Buildの過去分詞。製造、組み立てされた。)

もちろんその意味合いは同じなのですが。

ミルウォーキー鉄道のエリービルトの一部では

写真のように先頭部から左右に銀色の太帯が

あります。 これは「クローム・ノーズ・シールド(

Chrome Nose Shield)」と呼ばれ模型界でも

大人気です。

もちろんエリービルトはミルウォーキーの

専売特許ではなく、ユニオンパシフィック、

ペンシルバニア、ニューヨークセントラル、

ATサンタフェはじめ、多くの鉄道会社に

納入されました。

しかしながら、EMDのE7型(1945-1949)等

に比べると販売数は伸びず、1950年からは

新たな「C-Liner(Consolidated Liner)」の

生産へと切り替わります。

この通称「シーライナー」は旅客用と貨物用

が殆ど同一外観デザインのキャブ型でした。

(そういう意味で「Consolidated: 統一された」

なのでしょうか?)

形式は7種で、エンジン出力3種、台車総軸数

2種(4軸、5軸)、各鉄道会社は発注時に

以下の6機種から選択できたようです。

CPA16-4

CPA16-5

CPA20-5

CPA24-5

CFA16-4

CFA20-4

「C」はキャブ(Cab)型のシー。

「P」は旅客(Passenger)のピー。

「F」は貨物(Freight)のエフ。

(この手法がEMDのFユニットの「F」の

由来とよく混同されます。EMDの

ルールでは「F」は貨物用の意味ではなく

初期エンジン出力1400馬力(ourteen

Hundred)の「F」です)

「A」はA-Unitのエー。

次の二桁数字は「00」を省略した

エンジン出力(馬力(hp))。

最後は総軸数です。

総軸数5の場合は、前部の台車が2軸で

後部台車が3軸タイプになります。

ちなみに、前述のエリービルトをこの型式表記

にするとCPA20-6となりますね。

この6種の中でやはり特筆すべきモデルは

「FM 38D-12」型エンジン(対抗12ピストン型)

を搭載した2400馬力CPA24-5でしょう。

これらがデビューしたのが1950年なのですが、

その時点で、単発機で2400馬力を出力できる

ディーゼルは他社にはなかったのです。

例えばEMD-E9がこれに追随して2400馬力

の出力なのですが、登場はC-Linerの5年も

後になってからなのでした。

 

ところが、1950年当時はまだ単機出力の価値が

それほど高くなく、またOPエンジンの維持管理が

通常ディーゼルより面倒なこともあって、他社

(Baldwin-Lima, EMD, Alco, GE)に圧倒されてしまう

状況となってしまいました。 また、時代は

既にキャブ型よりもメンテナンス性に優れる

フード型(ボディ側面の通路でメンテナンスが容易)

に移行しつつありました。

そこでフェアバンクス・モース社は1958年に

海洋船舶用エンジンへの事業集中を選択し、

その後、ディーゼル機関車の製造は行って

おりません。

皮肉なことに、その後、ご存じのように

ディーゼルエンジンのパワー競争が始まり

「EMD SD90MAC」、「GE  AC6000CW」の

単発ディーゼル最高の6000馬力台まで

進化が続くことになります。

 

5年以上も早い高性能を有した対向ピストンエンジン、

その価値が認知、評価される前に鉄道界から姿を

消しました。 F-M社はC-Linerの開発時に

既にキャブ型が時代遅れになりつつあることを

見抜けていなかったのでしょうか。

いえ、もしかすると、それを十分感じていながら、

自社エンジンの時代先取り高性能を過信して

しまったのかもしれませんね。

 

そんな歴史的経緯のあるフェアバンクス・モース社の

ディーゼル機関車たち、そのほとんどが模型化されて

います(O,HO,N)。

次回は鉄道模型界のフェアバンクス・モース機について

ご紹介したいと思います。

 

長文を最後までありがとうございました<(_ _)>

それではみなさま、また次回までさようなら(^0^)/