「チャールズリバーのほとりで」は、
過去に同名の著書があることが
わかりましたので「チャールズリバー
をわたって」に変更させていただき
ました。
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ロングウッド駅にはある秘密が
あった。 もちろん現地の住人に
とっては秘密であろうはずもない
新参者だけが得意がる事実で
ある。
その後、数多くの日本人と知り
合いになったが、この秘密を知っ
ている人間にはついぞ出会うこ
とがなかった。
それどころか、後の隣人や学校
関係の地元住民ですら話すと驚
かれるほどにそれは非常にロー
カルな真実であった。
そのロングウッド駅は、知人が
これから住む場所が見つかる
までの短期滞在用に確保して
くれた宿屋ロングウッドインの
最寄り駅である。
大学へは、このグリーンラインの
Dに乗ってパークストリートまで
行き、そこからレッドラインに乗り
換えることになる。
道路脇を路面電車のごとく走行
するBラインやCラインとは異なり、
2両連結ながら専用軌道をいい
ことに一人前のスピードで走る。
軌間は定かではないが、落ち着い
た緑と白に塗り分けられた車体
は、さほど幅広には感じないものの、
恐らくは広軌(今で言う標準軌)
なのであろう。
鉄道好きの先輩が自分の子供に
広軌という名前をつけたことをぼん
やり思い出した。
道路とほぼ同じ高さの短いプラット
ホームからステップを上がる動作
は、日本の路面型鉄道で経験済み
ではあるが、乗り込んだ先に見え
る外国人だけの風景で自分が異
国にいることを改めて感じる。
さて、このロングウッドインは建物
自体がちょっとしたアンティークに
も見えるダークウッドと白壁の宿だ。
内部は予想以上に広く、地階や
食堂まであるれっきとした老舗の
インだ。
道路に面した重い玄関扉を開け
るとホールを挟んで真正面にガ
ラス張りのしゃれた部屋があり、
ここがフロントになっている。
自分の風呂付きの部屋は2階に
あるが、知人によるとそこはこの
インでは数少ない高級な部類に
入る部屋らしい。 特に調度品
などもない殺風景な部屋だが、
真ん中に鎮座した大き目のベッド
に座ると、ちょうど窓から裏手の
公園が眺められる。 公園には
少年たちが練習や試合に使える
小さな野球場があり、英語の歓声
が飛び交うその様子は「がんばれ
ベアーズ」そのものだ。 公園の
野球場だとあなどってはいけない。
ダイヤモンドの内外にはきれいに
芝生が敷かれ、メジャーリーグの
雰囲気まで漂よわせている。 そん
な映画のような光景を目のあたりに
している自分が信じられない。
野球場の他に屋外バスケットボー
ル場もあり、やはりたくさんの子供
たちが遊んでいる。
その隣には日本の公園では決して
見られないホッケー場があり、
スティックをもった子供たちが楽
しそうにゴールに向かってシュート
の練習をしている。
晴れた日の休日は、ベッドに座って
窓から外を眺めることがお気に入り
になった。 フェンスに書いてある
DAWN TO DUSKの文字と意味が
脳裏に焼きついた。
不便だったのは部屋に電話がない
ことであった。 少し薄暗く不気味な
感じもする地下への階段の途中に
ある公衆電話で全てをこなさなけれ
ばならない。 受け付けてくれるのは
25セント玉(クウォーター)
だけなので、毎回山積みの硬貨が
あっという間になくなってしまう。
紙幣は無理でも、せめて1ドル硬貨
が使えればかなり楽になるのにと
思うところだが、
この1ドル硬貨、実は殆んど流
通していない幻のようなコイン
なのだ。 スーパーなどで使お
うものなら、店員は何度もひっく
り返してしげしげと眺めこちらを
見て微笑む。 硬貨の中で
一番大きくて厚く一番重い存在
感たっぷりの代物だ。
そんな風に皆が目を丸くする
姿を見たいときに自分はそこ
へ行く。
そう、ロングウッド駅に。
おそらくは乗車切符代わりな
のだろう、1ドル硬貨が出て
くる夢のような両替機がそこ
にはあるのだ。 最初にこの
機械を利用したときは、出て
きた硬貨を見てこれは乗車
専用メダルだろうと勘違いし
た。 後にラスベガスで、機械
から出てきた100ドル札を見て、
場内でだけ使える模擬券と
思い、お金で同じ勘違いを
2回もすることになるとは知る
由も無かった。
人間、とにかく見たことがない
ものはてんでわからないものだ。
新しい住居が見つかり、ロング
ウッドインを出てからは最寄り
駅も変わり二度と秘密の両替を
することはなくなってしまった。
時が経つにつれ、秘密を知って
いること自体に楽しさを感じなく
なってしまった自分に少し落胆
した。
新しく住むことになった住居は、
ロングウッド駅からも徒歩で行
けるアパートだが、最寄り駅は
Cラインのセントポール駅と
なった。
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「おじちゃん、おじちゃん、
これ連載すんの?」
評判がよかったらねー ・笑・